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古童 江戸暦 十二冊  

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現在使用されている太陽暦は年間の狂いも少なく、4年に一度の閏年に2月29日を作ることでほぼ毎年の天体の運行に添っているので、世界中便利に使用されてはいます。

ところが江戸時代に主に使用されていたのは陰暦、月の運行を基準にした毎月28日の(いろいろと大小の月や閏月などの挿入でちょっと変わりますが・・)の暦でした。

この暦、毎年大小の月の計算が素人目にはわからないものなので、一体今日は何月何日なのかは暦を購って初めてわかるものでした。大元の暦は伊勢神宮で発行され、それをもとに各地で編纂されて頒布されました。

当時の江戸の町は世界でも有数の巨大都市、生き馬の目を抜くとまで形容される、要するに活気があってたくさんの人々が住み暮らす街でありました。

そこではたくさんの暦が刷られ、当然多くの人が買い求めたわけで、このように火事の多い、あるいは戦災の被害にもあっていてもまだこのように暦が残されているわけですね。そうは云っても紙は貴重なものですから、襖の下張りになったり手習い用になったりと、きれいな状態で残っているものはすくなくなりましたが・・。

小さな版元が刷っていたこのような暦は明治になると中央で一括管理になってしまい、勝手に刷ることは御法度になってしまいますが、江戸のこの手の暦は小規模生産でいろんな版元があって愉しいものです。

今回ご紹介するのは江戸の後期~末期の12冊。内容は

文政七年   1824年
文政十二年  1829年

天保十六年  1845年(元号としては天保は15年までで12月に弘化に改元していますので天保十六年は存在しないのですが、12月の改元以前に刷っていたものをもったいないのでそのまま頒布したもののようです。)

弘化三年   1846年

嘉永八年   1855年(これも地震などの天災によって年末に安政に改元されていますので上記の同様に刷られたものと思われます。)

安政三年   1856年
安政七年   1860年

萬延二年   1861年

文久二年   1862年
文久三年   1863年
文久四年   1864年

元治二年   1865年(元治の年号は非常に短命ですぐに慶応に改元されてしまいます。) 

このように節操無くころころと年号を変えるイメージですが、当時の感覚では天災や忌むべき事柄などから真剣に考えて変えているわけで、それだけ神頼みしなければいけないような大変な事件ばかり起こっていたということなんでしょう。

ただ単なる昔のカレンダーと思ってみるとそれまでですが、いろんな歴史的大事件などを頭に入れて眺めるとまた興味がより深くなるものじゃないでしょうか。
 


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