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宋代の摺経、珍しい細字華厳経です。
紙面構成を見ると、天に見慣れない六条の平行線、やや空間をとって意味不明の文言があり(☆)、更にあみだくじのように経文へと繋がります。
「・・その頭部に文章の段落を示す科文を付けた摺経である。細字による摺経なのに一字として乱れが無いじつに精刻な善本である。おそらく細工技術の卓越した刻工が彫り刻んだものであろう・・刊記は無いが、のりしろ部分と重なった版心の刻工名(厳志・蔡通・李恂)から南宋初期の摺経と推定されている・・同版の摺経が大谷大学図書館、天理図書館に所蔵されている」(*1)
時代は、南宋初期というと、1127年宋室南遷(『日本史年表』吉川弘文館)とありますので12世紀前半、日本では平安時代の後期ということでしょうか。
ふと気になり『広辞苑』をひらいたところ、明朝活字「・・もと宋朝に起り、明朝の時に我国に伝来した」とあります。やはり明朝体の元になったものなのでしょう。やや丈のある書体はすっきりとキレがあります。その整然と並ぶ姿は見た目に心地よいものです。
本経は、唐の實叉難陀訳による所謂八十華厳の巻第七十の入法界品第三十九之十一からです。これは、あの善財童子が善知識(先生)を次々に訪ねて教えを請うところで、「『華厳経』でもっとも古い部分」(*2)のひとつで、「中核になる」(*2)ものです。
善財童子の物語に思いを巡らしつつ、宋代の名工の手技を充分お愉しみいただける、版画ならぬ版経と思われます。
*1:引用・参考画像:『写経と摺経』神奈川県立金沢文庫
*2:『仏教経典の世界』自由国民社
本紙:26.5 x 17.5 cm 額:38 x 29 cm
追記
☆お客様から、ご親切にメールを頂戴いたしましたので、下記にご紹介させて頂きます。
説明のなかに、「意味不明の文言があり」とありますが、科文つきとあったように、この文言は、科段を表わしていて、下の経文の内容を簡潔に表わしているものです。いわば、章節の見出しを記してあるものと言えます。
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