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一昨年、世界遺産に登録された平泉、その中心的存在である中尊寺の寺宝『中尊寺経』のうち奥州藤原氏初代清衡発願による金銀交書一切経『阿育王経』巻第十(*)です。
決して能筆ではないのですがなかなか味わいのある好ましい書だと思われます。
一点、一画、丁寧に真摯に書いており、心を込めて書写している様子が伝わってくるようです。図録『平泉みちのくの浄土』P151の金銀交書『弘明集』と同じ書き手かもしれません。図録をお持ちの方はルーペで視てみてください。
同じ『中尊寺経』でも、三代秀衡の紺紙金泥一切経になると大変洗練された書へと一変します。こんなところも古写経の面白いところです。
銀字は、光線の角度によっては見えるのですが、黒色で一見文字がないように見えます。
サムネイルはアクリル板の上から撮影。左はスキャナー画像。中央と右は、カメラが映り込むので、アクリル板をはずして撮影。
金字の輝きは、画像では中央の下部「即得聖道」にしか表れなかったのですが、実物はさすが中尊寺という輝きを放っています。
そもそも中尊寺は慈覚大師円仁により開かれ、その円仁の『入唐求法巡礼記』によると、金銀交書一切経は「円仁が五台山でみた紺碧紙金銀字大蔵経に由来する」(『円仁とその名宝』栃木県立博物館他)とあります。彼の地では教典は残っておりませんので、やはり貴重な世界遺産と考えます。
状態を鑑みお求めやすい価格設定です。
永久五年(1117年)本紙:25 x 11.5 cm 額:38.3 x 29 cm
*阿育王経
梁の僧伽婆羅(そうぎゃばら)の訳(512年)。阿育王(インド・マウルヤ王朝のアショカ王)の事跡および摩訶迦葉(まかかしょう)から優波□多(うはきくた)までの諸師についての説話を含む。『仏教大辞典』
優波笈多更爲説法。精進思惟得阿羅漢果。
便説偈言
和上見實 已教化我 我敬彼故 即得聖道
乃至取籌 置石室中
放牛因縁
爾時優波笈多欲往中天竺國。於其中路有
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