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桃山時代に今の岐阜県の辺りに咲いた陶磁史の大輪の華、いわゆる「美濃もの」の誕生はそれはそれはエポックな出来事であったと想像します。
古代から須恵器生産、そしてそこから発展した白瓷窯で大いに優品を作っていた美濃の窯も一度は瀬戸灰釉に押されて衰退するようですが、空白期間を経て灰釉や鉄釉で小皿や天目茶碗を作っていたのが近代の始まりかと思います。
その後大萱の窯で日本初のキャンバスのような絵付けが可能な白いやきものが生まれます。志野の誕生ですね。そして灰釉の発展形である黄瀬戸、楽茶碗との関係が深い引き出し黒、「ひょうげ」た意匠で時代の度肝を抜いた織部など見事と云うしかない斬新さで人々を瞠目せしめたでしょうね。
さて回りくどい説明が続いて申し訳ないのですが、この織部の時代になって破綻の美とも云うべき意識が時代を席巻するのですが、そこで俄然注目されるのが伊賀の窯です。
完全に注文生産であったろうその水指や花生たちは釉薬の流れを計算したり何度も窯に入れて焼いたりと技巧の極致を極めたものですが、結果窯の中で割れたり爆ぜたりと暴れているものが景色として賞玩されました。著名なところで云えば「柴の庵」しかり「からたち」しかり。そしてその意匠を美濃でも当然試していくわけですね。これが美濃伊賀と呼ばれる一群です。
優品を焼いたことで名高い元屋敷の窯の生まれ、向付のサヤ鉢としても利用されたのはあの名高い陶片でもおなじみです。鉄釉を流し掛けたり、白泥を掛けたりとこちらも作為を凝らしたもの、特にこれは自然釉もみずみずしく流れていて本歌にも迫るような迫力や景色の美しさがありますね。
そしていちばん自分が魅かれてしまうのはこの歪みです。大きな降りものが(おそらく窯壁の一部でしょうか)落ちてきて口縁が半分ほど欠けてしまったか、あるいはそれを外すときに割れてしまったかでしょう。欠損してしまって窯ヒビも入ってしまっています。
これを欠点とみるか(水指として使いにくいから)景色とみるかは人によるのかもしれませんが、間違いなく私の場合は後者ですね。先ほども伊賀の本歌に迫ると云いましたが、名品たちに見られる「破綻の美」、つまり具体的に云えばこの歪み、欠損、がそれを見事に体現しています。
花を呼ぶ、とよく優品花器についてそう賞賛しますが、これも水指と云うよりはこの口縁のおかげで見事に花を呼ぶもの、もちろん先ほども述べた長石粒が噴出したり自然釉の碧が流れる膚もその要因の一つでありますが。
畳付きのダイナミックな造形、テトラポットみたいなこの作りもより桃山の風を感じられる豪胆なもの、並品にはまったく及ぶことのできない景色、この裏側を眺めているだけでも愉しい。
茶道具としての完成形であれば手に入れるのはなかなかに難しいものですが、この状態だからこそ身近になりますし、この状態だからこそ古陶磁好きの琴線に触れるものじゃないでしょうか。
バサッと無造作に野花をなげいれて飾ってみてください。
高さ18.5 長径21.3センチ
桃山時代~江戸初期
時代箱に収められています。
疵に関しては画像の通りです。
水は直接入れてお使いいただけます。
画像に出てくる敷板は付属しませんのでご了承ください。
参考画像 平成18年 土岐市教育委員会 (財)土岐市埋蔵文化センター発行 「元屋敷陶器窯跡出土遺物整理報告書」より 美濃伊賀製品の出土例より
御売約ありがとうございます。 |
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