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古代の須恵器生産から一歩進化した中世古窯。今では数は多くはないものの所謂六古窯を代表とする窯業が各地で展開されたことがわかっていますね。
その中世古窯が展開するにあたって先行する当時の最先端のお手本のような主な窯が、尾張の東部に広がる猿投山西南古窯群と美濃の南部の美濃須衛古窯の二か所ではないでしょうか。
そこでは当時舶載されてきた五代~北宋の越州窯の製品を写したものが焼かれていたり、そこから和様化した長頸壺や浄水瓶などの宗教的なものが作られたりしています。
こちらは鎌倉時代の瀬戸の壺に酷似していますが、素地が明らかに違いもっとザラッとした砂っぽいもので、フォルムも撫で肩で高台が小さく低めの特徴から美濃須衛の製品であることがわかります。
おそらく施釉がなされていたと思いますが、その上に剥落したとはいえ見事に厚くきれいな自然釉が掛かっているのではっきりとは確認できません。
ですが正面に当たる部分には藁灰成分が混じった釉薬の垂れが珠状になっていて見事な景色。肩にはかなり厚い釉薬が溜まっていたと思いますが、厚くなればなるほど剥落しやすいもの、灰釉の碧と青白い卯の斑の対比はやはりきれいです。赤く発色した窯変もまたいいポイントですね。
奈良県の某氏旧蔵のお品で、創樹社出版の雑誌、小さな蕾の臨時増刊「日本の壺200」に掲載されている所載品です。本のなかでは瀬戸と紹介されているようですが実際は上記のように美濃須衛古窯であり、こちらは見立違いであったかと思います。また平成22年から始まる巡回特別展、ミホミュージアム他発行の「中世のやきものー六古窯とその周辺ー」の図録に美濃須衛らしさが良く出ている四耳壺がありましたので参考にしていただければと思います。
疵気も少ないコンディションのいい発掘品ですね、なかなかに得難い稀少な古窯の一品です。
高さ21.6 最大胴径17.3センチ
平安時代末期
桐箱に収められています。
古本ではありますが掲載された本をお付けします。
ひっつき痕や降りものなどがあります。また高台内には穴埋めの共色直しがあるようです。穴が開いたときに内側の器壁が剥がれたようで、それを接着しているようです。
画像に出てくる敷板は付属しませんのでご了承下さい。
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260,000円
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