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蓋表に墨書きで「井戸脇」とありましたので古人に敬意を表してそのように表記しましたが、正確には堅手茶碗と呼ぶべきものかと思います。
まるで教科書に出てくるような正統的な「ザ・高麗茶碗」の形状、見込みには目跡が五つ、石ハゼや釉薬の溜まりなどもあり愉しい見込みですね。
端反りのきれいな口縁部分に青白い釉薬が溜まって青磁のような色が表れています。高台は大きく釘彫りがぐりぐりとめぐって、畳付にも目跡が見られますね。高台脇をシャープなヘラでグリっと削った上に掛けた釉薬がやや縮れてやや梅花皮っぽく見えたので井戸脇の尊称を賜ったのでしょうね。竹の節になったところなど見所満載のお茶碗です。
箱の蓋表には達筆な「井戸脇」の文字。遠州流の方の筆によるものでしょうか。蓋裏にはお歌が一首、或る人乃需に(もとめ)によりて書いたとの言葉の後に「津々井筒 いつのまよりし井戸茶碗 老いとなりてももてあそひつつ」
このお歌の本歌は遠く古今和歌集のものかと思いますが、我々にとって馴染み深いのは細川幽斎が詠んだものでしょう。太閤豊臣秀吉の御前で今も伝わる井戸茶碗「筒井筒」を粗相して毀してしまった家来がいたそう。すわ一大事、腹を切って侘びようとしたその家来を押しとどめ、即興にて古今和歌集のお歌をもじった「筒井筒 五つにわれし井戸茶碗 咎をば我に 負いにけらしな」の狂歌を即興で詠んだ細川藤孝の教養に太閤初め一同が驚嘆敬服して無事に済んだというエピソードからのものです。
おそらく老境に入られた方のもとへやってきたこのお茶わん、それを手に入れた喜びとこんな歳になってもやめられない茶碗道楽への複雑な想いが綯い交ぜになったお歌のようです。
古人のお気持ちの妙をかみしめつつ、これを新たに手にされる方の長寿長命を願ってご紹介したいと思います。
口径14.2~14.3 高さ5.8~6.6 高台径6.0センチ
朝鮮時代前期
上記にあるように桐箱に収められています。箱の造りもとても丁寧なものです。
縮緬のお仕覆が添っていますが一部が切れています。本体のお茶わんにはニュウと金繕いがあります。古い時代の丁寧な繕いです。
最後の画像にある根来の折敷は付属しませんのでご了承ください。
御売約ありがとうございます。 |
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