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宋胡録(スンコロク)とはタイの古窯があったサワンカロクが日本風になまったもので当て字をしてそう呼んでいたものです。
江戸時代の前期の鎖国政策が行使されるまでの日本は、東南アジアを中心に盛んに貿易が行われていた、文字通り開かれた国であり、博多や堺は国際都市の様相を呈していたものと思います。
当時からエキゾチックなその異国情緒に魅了された日本の数寄者たちはこぞっていわゆる南蛮ものを茶に取り入れておりました。
その中でこの合子たちは香合として見立てられていたものです。現地では大きなものから小さなものまで作られていたわけですが、当然のこと香合には小さなものが喜ばれてこのサイズのみ取り上げられて、雲州蔵帳などにもその名が見られます。
名前の柿というのはこの器の形状をそう呼んだわけですが、彼の地では柿ではなくマンゴスチンの果実を模したものと考えられているようです。もっとも当時の日本人にはマンゴスチンを理解するのはちょっと不可能であったでしょうね、柿を当ててそう呼びならわしてきました。
さて伝世ものはかなりの高価なのですが、後年発掘などで大量に出たため一部を除けばかなり格安に手に入れることのできる茶道具になりました。これもそんな中の一つかと思われます。
鉄分が噴き出したような胡麻土に鉄絵で文様を描きつけていますね。格子文に間の絵はあまりよくわかりませんが、簡単な草花を描いたのでしょう、蓋の摘み部分は四つの葉が造形されて鉄が無造作に掛けられています。
身の内側に黒く見えるのは鉄釉を掛けたもの、いわゆる内渋というもので時々灰器などにも見られるものですが、こんな小さな香合にあるのはあまり例がないようにも思います。
これを取り上げた人は愛らしさに興趣を覚えてお仕覆を拵え、箱を作ったようですね。手のひらに乗る愛らしい姿をきっと愛でていたのだと想像します。
よく蓋と身が合っていないものも見かけますが、これは産まれた時から添っていたもので文様がすべて一致します。
疵は残念かもしれませんが、エキゾチックな魅力は健在の一品、座辺でぜひともお愉しみください。
直径5.6 高さ4.3センチ
16世紀頃のスコタイ県シーサッチャナーライの窯のものと思われます。
桐箱に収められています。またお仕覆が添っています。
蓋の口縁部分に共色修理が1か所ありました。かなり上手に直してありますので肉眼では確認しづらいのですがルーペで発見しました。
御売約ありがとうございます。 |
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