|
飛鳥時代に主に百済から入ってきた、当時もっとも最先端の文化、仏教はさぞかし人々の目を驚かせたことでしょうね。瓦や仏像の専門家が来日し、今までに見たことのない新しい瓦葺の大伽藍と云うものが目の前に現れたわけですから。それまでの建築は地面に直接穴を掘り、そこに丸太を埋める掘立柱、そして屋根といえば藁や杉皮などで葺いた簡素な建物であったわけです。とてつもない重量の屋根を支える工法もそれまでにないもの、そして金箔で荘厳された仏像は、誰もが思わずひれ伏してしまうほど圧巻だったと想像されます。
そして白鳳時代になると各地の寺院建立はますます盛んになっていきます。その白鳳寺院のなかで抜群に著名な、明日香村にあった川原寺の軒丸瓦をご紹介します。川原寺は飛鳥の四大寺として大伽藍を誇り、一塔二金堂の独自の川原寺様式のお寺です。平安時代に焼失してからは歴史の舞台から姿を消していましたが、発掘調査によって瓦や礎石、あるいは塼仏などの出土品で知られています。
この瓦、木型の押しが弱かったのか、周縁の鋸歯文がはっきりと見えません。しかし連弁や子葉の長さなどデータと照合しても合いますし、鋸歯文のはっきり見えないタイプも出土していることから川原寺創建瓦と断定しています。川原寺式はその後たくさんのお寺の軒丸に流用されていき、以後の瓦の標準的なデザインとなっていきます。
鐙部分は外れて、接着痕の型押しなども見られますね、表面に子葉の欠損や割れは当然ありますが、ほぼ八割方残っているのでまずまず鑑賞に堪えうる一品と思います。
某コレクターさんの愛蔵の一品だったもの、今度はご覧になっている皆さんの座辺に置いてぜひ古代の寺院に思いを馳せて頂きたいと思います。
長径16.5センチ 短径13センチ 白鳳時代 西暦670年頃
御売約ありがとうございます。
|
|