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朝鮮半島から茶道具として請来されてきたもののなかで粉引茶碗は特に声価が高く、数寄者羨望の的であったかと思います。多くの名品があり、三好粉引や楚白など有名な碗は図録などでもご覧になっているかと思います。多くは全羅南道の宝城や務安などで作られたものが賞玩されて名声が高いものです。今回、ご紹介するお茶碗は務安で作られたものです。
見立てではなく、お茶碗としてベストサイズのもので、気持ちよくお使いになれるもの、口縁はやや端反り、腰がしっかりと張って高台がきゅっとしまっていてバランスがいいですね。粉引ですから当然、高台のなかまでしっかりと土が化粧掛けされて、その上から施釉されています。見込みには目痕が五つ、中心には茶溜りがあり、その外側には内底陰刻の線があります。釉薬は滑らかに溶け、特に外側の釉薬が垂れたところには碧い流れが抜群にきれいです。
またこれには以前の所蔵者の箱書きがあります。無庵手茶碗とは務安で作られたもの
の意でしょう、この碗を昭和丙午、つまり1966年7月に宗秀先生なる人物から割愛してもらったとの記述、それを昭和庚申1980年に書いたとなっています。不羣、ふくんまたはふぐん、とおっしゃる数寄心のある方のようですが、小生不勉強でこの方がどういう方かは存知上げません。どなたかご存知の方からご教授願いたいところです。
口縁に丁寧な金繕いがありますが、これも欠損の補修ではなく、釉薬が剥けたところを
使用に問題ないようにしたもののようです。
世の中、白いお茶碗を粉引と連呼するような風潮があるのは、それだけこのお茶碗の
声価が高いことの証明かもしれません。画像にも書いてありますが、粉引とは土もので白いうつわを焼くために化粧土を素地の上に掛けて、その上に透明釉を掛けるものです。決して白い釉薬を掛けただけではそう呼びませんし、この手法を使ったものは著しくお品の少ないものです。
見込みに茶染みが広がっていますが、まだまだこれからもきれいに育っていきそうなお茶碗で、育て甲斐のあるものでしょう。粉引と云う憧れの一品を手に入れるチャンスは
そうそう無いもの、ぜひお見逃しなくどうぞ。
口径13.3~13.6センチ 高さ6.3~6.7センチ
朝鮮王朝時代初期 紫縮緬の仕覆と桐箱に収められています。
上記のように釉薬が剥けたところに丁寧な金繕いが施されています。
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