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古童 陶製経筒  

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 平安時代末期、末法思想が流布した時代には疫病や飢饉が起こり庶民はもとより貴族階級の人々もこの世に地獄を見る思いで、不安に慄いていたことでしょう、五十六億七千万年後に弥勒菩薩が再び人々に仏法を教化せんがため、この世に姿を現わすその時までほとけの教えを地中に埋めて守ろうとしたのが経塚です。
 
 大きな規模のものでは巨大な経塚壺に銅製の経筒を収め、その中には巻物の状態で紙本経が入り、その他鏡や宋銭、合子などが収めらていました。それは貴族階級の経済的に豊かなバックアップがあってこその経塚造営です。代表的なものは藤原道長の金峯山経塚と思いますが、それだけにとどまらず経塚造営は各地に広まっていきます。当然庶民や武士たちも救われたいと願うのは同じこと、経済的にそれほど豊かでなくともたくさんの人々がお金を寄進し合って地方にも経塚が造られました。これはそんな中の一つ、陶製経筒です。瓦粘土を使って瓦窯で焼かれたものでしょう、紐作りですがかなり荒っぽい仕上げですね、酸化焼成で赤く発色していて、蓋もほぼ土師器質の柔らかい質感です。猿投や渥美の古窯で焼かれたものとは違うルーズな作りかもしれませんが、収めた人々の極楽往生を願う気持ちは真剣そのものだったでしょう。むしろこの作り、質感であるからこその妙味を感じることが出来ます。

 平和で豊かであることに感謝しつつ、花を生けてみましょうか、そしてちょっとだけ
往時を偲んでみてください。

 口径14.2センチ 身の高さ22.5センチ  平安時代末期

 身の方は奇跡的に疵がありません、柔らかい砂地や粘土質のところに埋まっていたんだろうと推測されます。また蓋には削げたパーツを接着しているところがありますが2.5センチほどの大きさですから、双方ともコンディションはとてもいいと云えます。
55,000円


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