|
ひとくちに螺鈿の細工と云っても絢爛豪華な工芸の極致と云うようなものから、朝鮮の螺鈿に代表されるような素朴でのんびりしたものまでその様相はいろいろとありますが、個人的にはその素朴な方面のものが好みではあります。きっちりと測ったようなものより、多少ズレがあったりしたほうが人間臭くて面白いと思っています。絵柄も絵画的に凝ったものより単純な意匠の方がむしろ現代の生活空間でマッチすると思うのです。美術館のガラス越しの名品より座辺の愛玩蔵品の方により親しみが湧くと云うのはどなたにもお分かりいただけることだと思います。
この螺鈿もどちらかと云えば後者の好みのタイプの方ですね、外側はランダムに切った貝を貼り付け、内側の周縁部分には三角形に切ったもの、これは家紋などにも見られる鱗文というやつでしょう、そして中央、地文様は外側と同じくランダムなもの、真ん中には熨斗文をあしらっています。まばゆいばかりの意匠ですが、どことなく素朴でおだやかなデザイン、作った人の穏やかな心情が伝わってくるような気がします。
これは産地の特定が難しいものですね、詳しい方がいらっしゃったらお教えを乞いたいところです。不勉強ながら推測すると、朝鮮の可能性もなくはないのでしょうが、やはり熨斗文などは日本のもののように思います。東北などに出かけた時、螺鈿細工を時々見かけ、それらがこんな風な素朴な味わいを持っていたことを考えるとその辺りかな、なんて考えております。
富山民藝館設立に尽力され、その館長をお努めになられた、故安川慶一さんの著書にも意匠は違いますが螺鈿の盆が載っていました。また駒場の日本民藝館にも同様に優品が収蔵されています。
ともあれ民藝の美しい盆であることには変わりないところ、しっとりとした裏面の黒漆の質感も好ましく、くらしのなかであたたかく灯る漆芸の一品であると自負しております。
見込みに一筋亀裂が見られます。その他、使用擦れや剥落、打痕がありますが、大きな補修などはなく、コンディションは良好と云えます。
江戸時代頃
41.8センチ×24.5センチ 高さ5.8センチ
|
|